堺市職労(堺市職員労働組合)ブログ

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大地震翌日から首都東京にて その1

市職労ニュースより手記を転載します。

 孫娘の新保育所探しを手伝うため、3月12日から4日間、娘夫婦が住む東京江東区のマンションにいた。

 12日の朝、新大阪の切符売り場はどこも長蛇の列。みんなの表情に独特のうつろさを感じる。16年前のようだ。ホーム上の売店の新聞棚は空っぽ。巨大地震を伝えるスポーツ紙が数部残っているのみ。

 東京に近づくにつれ、車内の電光ニュース板に表示される被災数値が大きく変化するごとに、乗客の笑い声もしだいに消えてひそひそ話に。

 そして東京駅。階段のいたるところに座ったり、うずくまっている人たちがいる。普通の服装の女性が新聞紙の上に座り込み、コートの襟を立てている。浮浪者が身の置き場を求めてさまよっている。すぐにコンビニの中を覗き込んだ。すでに何種類かの商品の棚だけが透明に光っている。

 娘の自宅に行くために東京メトロに乗り換える。人がいない。土曜日の昼過ぎの地下鉄がガラガラ。遠足中に生まれて初めて大地震に遭遇した孫娘の無事を確認。それから東京にいた4日間、どれだけ揺れたことか。11日の金曜日に高層館で揺れたあの感じがずーっと続いているように思えた。娘宅でも台所の皿が飛び散って割れていたとのこと。ベランダから向いのマンションを眺めると、いくつかの階段部分にビニールひもが張られていて、行きかう住人はそのとき、上下左右を確認してから通行しているように見える。

 翌13日の日曜日午前、買い出しに行った。目的のスーパーが開店しているかどうか、いや逆に開店しているスーパーをパソコンで確かめてからでなければ空振りとなる。しかも絶対買い物ができそうな巨大スーパーを探さねばならない。そこへは歩いて20分かかった。途中で目についた、ビルの基礎部分に入った真新しいヒビ割れ。今回のものかしらと考えているうちにスーパーが近づいた。

 人が集まっている。娘に聞くとここは普段ガラガラの巨大スーパーとか。マンション街が少し離れているため、車で来る客をターゲットにした量販店とのこと。入口前で店員が何やら大声で叫んでいる。「食料品をお求めのお客様にはご入場を制限させていただいておりまあす!ご協力お願い申しあげまあす!」えっ!?