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ワンコインの名作 『中原中也詩集』

5月29日付

「ホラホラ、これが僕の骨だ、 生きてゐた時の苦労にみちた あのけがらはしい肉を破つて、しらじらと雨に洗はれ、ヌックと出た、骨の尖(さき)」
 昭和初期を代表する詩人中原中也の詩の特徴は、その音楽性にある。彼がのこした二冊の詩集『山羊の歌』『在りし日の歌』の題名がいずれも「歌」となっていることが象徴的だ。七五調、リフレイン、ユニークな擬音語など、彼の詩は声に出して心地よい。また、倦怠、悲しみ、疎外、喪失など生の諸相を印象的な詩句でうたっており、読者は多様なイメージを想起できる。中也の詩が今なお愛唱されるゆえんである。
 冒頭の引用は詩「骨」の第一連。詩人は、自らの骨を死の世界からじっと見つめている。骨は、雨を吸収し、風に吹かれている。続いて、生きていたときには、「みつばのおしたしを食つたこともある」と、詩人は、その骨が生活していたことを滑稽に感じている。そして、骨を観察している主体を「見てゐるのは僕? 可笑しなことだ」、霊魂があとに残って見ているのだろうかと不思議がる。最後に、改めて「骨はしらじらととんがつてゐる」。
 この詩を発表したとき、中原中也は二十七歳。おどけた表現やリズミカルな構成が手伝ってユーモラスにも感じられるが、自嘲的で厭世的とも思える。この「骨」のように、彼の後期作品には自分の生と死を独特の視点で見つめたものが多い。詩に人生を捧げたこの詩人は、一九三六年に愛する長男が二歳で病死すると、彼自身も精神の均衡を失し、翌年、三十歳の若さで没した。死のひと月前に第二詩集『在りし日の歌』の清書を終え、その後記を「さらば東京! おゝわが青春!」と結んだが、文字通り彼は永遠の青春詩人となった。
(『中原中也詩集』新潮文庫、角川文庫、岩波文庫ほか)