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ワンコインの名作 第6回

シュトルム『みずうみ』(10月18日付)

「老人の眼もとどかぬほどはるかな湖上に、広葉につつまれて一つさびしく白い睡蓮が浮かんでいた」

 シュトルムの小説『みずうみ』は、ドイツ文学珠玉の小品として日本でも長く読み継がれてきた。あらすじはこうだ。

 ラインハルトという老人が青春を回想する。少年の頃、彼にはいつも遊ぶエリーザベトという幼なじみがいた。ふたりは将来を誓い合うが、ラインハルトが進学のため故郷を離れている間に、エリーザベトは、母のすすめもあり、やはり幼なじみのエーリヒという資産家と婚約する。それから数年後、ラインハルトはエーリヒに招かれ、湖畔にある彼の屋敷を訪れる。そこでラインハルトとエリーザベトは再会するが、ふたりとも過去には戻れないことを悟っている。ラインハルトは、二度と会うことはないとエリーザベトに別れを告げて去っていくのであった。

 現代小説に読み慣れた読者なら、意外性のない展開にもの足りなさを感じるかもしれない。しかし、この小説の魅力は別のところにある。美しい情景描写、抒情的な詩の引用、効果的な象徴表現など読後の印象が鮮明で、全体として短編小説の手本ともいうべき精度の高い作品となっている。とりわけふたりの再会から別れまでの場面は感動的で、多くの若い読者の心をとらえてきたのももっともである。

 作者シュトルムは十九世紀の人。北ドイツの出身で公務員生活のかたわらこうした短編小説を数多く書いた。終生故郷の風土を愛し、この『みずうみ』の舞台である森や湖畔も郷土をモデルにしている。

(『みずうみ』新潮文庫、電子版二五〇円(岩波文庫、紙五二〇円)+税)