2月6日付
「風立ちぬ、いざ生きめやも」
堀辰雄は、結核の持病を抱えており、その療養を兼ねて頻繁に軽井沢に滞在した。一九三三(昭和八)年、そこで彼はひとりの女性と出会い、翌年に婚約する。しかし、明くる年、やはり胸を病んでいたその婚約者の病状悪化により、ふたりは信州富士見のサナトリウムで療養生活を送ることになる。結果、堀の看病の甲斐なく、同年末に彼女は一生を終える。彼の代表作『風立ちぬ』は、こうした一連の経験に基づいてうまれた。
タイトルにもなっており、作中で主人公が口ずさむ、冒頭の引用文はフランスの詩人ヴァレリーの詩の一節。作者が「生きめやも」と訳した箇所は「生きなければならない」が原義で、この物語の主題ともなっている。
主人公と婚約者とのサナトリウムでの暮らしは、春にはじまる。それは、「普通の人々がもう行き止まりだと信じているところから始まっているような、特殊な人間性」を帯びている。ふたりは、生への意志と死の予感の両方を抱きながら互いを思い遣るが、どこか相手の真意を捉えきれない。八ヶ岳山麓の自然を背景に、季節は夏から秋、そして冬へと移ろっていく。一方、恋人の病は重くなる。主人公は、短い一生の間にお互いをどれだけ幸福にしあえるかを思案し、恋人もこの共同生活に満足する。婚約者の死から一年後。主人公は、ふたりが出会った軽井沢で孤独に冬を過ごす中、彼女の死の意味を考える。
堀辰雄の小説の多くで生と死がテーマとして扱われる。「生きめやも」は、若い頃から病気と付き合い続けた作家自身の主題でもあった。彼の主な仕事は四十歳までで、戦後はほとんど病床にあり、一九五三年に四十八歳で没した。
(『風立ちぬ・美しい村』新潮文庫ほか)