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ワンコインの名作 菅原孝標女「更級日記」

5月26日付

「はしるはしる、わづかに見つつ心も得ず心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、人もまじらず几帳の内にうち臥して、引き出でつつ見る心地、后の位も何にかはせむ」
 
 平安日記文学の傑作『更級日記』は、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)が十三歳(数え年。以下同)で、父の任官先である上総国から上京(京都です)する道中記に始まり、夫と死別するまでの約四十年にわたる人生を回想した自叙伝である。冒頭の引用は、幼い頃から物語を読みたいと願っていた彼女が、とうとう『源氏物語』全巻を入手し、通読できる喜びを「后の位など問題ではない」と表現している箇所。しかし、この平安の文学少女は、物語の世界にあこがれ、『源氏物語』のヒロインに自らを重ねたため、やがて現実とのギャップを直視せざるをえなくなる。
 二十九歳の時に、父の引退や母の出家があり、彼女は一家の中心となる。宮仕えに出るも、親の勧めで三十三歳のときにしぶしぶ中級貴族と結婚。それまで抱いてきた理想とは異なる結婚生活だった


せいか、夫のことは作中ほぼ触れられていない。一方で、結婚後に宮中で経験した、足かけ三年にわたるロマンスについては詳細に綴られており、全篇中でも印象的である。彼女の夢見がちな性格がなおうかがわれる。
 物語に没入し、信仰をおろそかにしてきたことを後悔した筆者は、後半生で寺社詣でを繰り返す。それは夢破れた彼女が現実でのつつましい幸福を願ってのものだった。夫没後にひとり生きていく不安を吐露して稿を終えるが、彼女には、自分の人生を見つめ、それを日記としてまとめることができた。この等身大の自画像こそ『更級日記』の魅力であり、時代を超えて共感されるゆえんだろう。
(『更級日記岩波文庫、角川文庫ほか)