12月23日付
「子どものころのことを忘れないで」
児童文学の傑作『飛ぶ教室』が刊行された一九三三年は、作者ケストナーにとって苦難のはじまりの年ともなった。一月にヒトラーが首相に任命され、ナチス政権が誕生する。五月には、「非ドイツ的」な書物の焚書が行われる(そのときケストナーは自身の本が燃やされる現場を見に行っている)。
言論統制が厳しくなる中、反ナチスの文化人の多くが国外に亡命したが、ケストナーはドイツ国内に留まり、かつ政権に同調せずに生きるという困難な道を選んだ。その苦闘は、実に十二年、ドイツ降伏の直前まで続くのである。
『飛ぶ教室』は、クリスマスを控えた寄宿学校を舞台に、境遇の異なる五人の少年たちの友情や心ある大人との交流を描く物語である。作品に込めた作者の願いは、まえがきに明確に示されている。正直であるべきこと、くじけないこと、そして、勇気と賢さの両立が大切であること。こうした主張は、当時の時勢を考慮するといかにも示唆的である。
また、引用した「子どものころのことを忘れないで」はまえがきだけでなく、物語の中でも登場人物の発言として繰り返される。これは、子どもへのメッセージであると同時に、自分が子どもだったころのことを忘れ、子どもを紋切型に扱おうとする大人への戒めでもある。
物語の最終で、貧困のため帰郷をあきらめていたマルチン少年に先生が往復の切符代をプレゼントし、少年と父母はともにクリスマスを過ごすことができる。ケストナー自身がひとりっ子で、生活は苦しかったが、両親、とりわけ母親の愛情を一身に受けて育った。家族愛あふれるラストシーンには、子どものころを大切にした作者の心象が投影されているように思える。
(『飛ぶ教室』新潮文庫、講談社文庫、光文社古典新訳文庫)