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ワンコインの名作 第7回

志賀直哉「和解」(2019.12.2)

 「自分は自分の現在の調和的な気分で父がどんな態度をとる場合にも心の余裕を失わずに穏やかに対する自身を信ずることは少し自惚れ過ぎていると思った」

 志賀直哉の祖父は足尾銅山の経営に関与していた。鉱毒問題で世論が沸き立つと、十八歳の直哉も現地視察を試みるが、志賀家と銅山のつながりから父の反対にあう。この一件がきっかけで父子の不和が表面化し、それ以降も結婚問題などで衝突する。こうして父と子の確執は十六年も続いていく。

 中編小説『和解』は、父との長年の不仲が解消にいたるまでの過程を描いたもので、小説とはいえほぼ事実に基づいている。自らに対するごまかしを許さない潔癖な倫理を持っていた志賀直哉は、かたちだけの父との和解を拒否してきた。しかし、第一子の誕生と生後二か月での死、翌年の第二子の誕生という生と死の経験や、不和の終結を願う身内との交流を経て、次第に心境が変化していく。一方の父も、年を取ってくる中、やはり関係の修復を望んでいた。そうして或る日ふたりに和解の機会が訪れる。その場面は印象的だ。

 「こんなことを云っている内に父は泣き出した。自分も泣き出した。二人はもう何も云わなかった」。

 志賀直哉の文章の特徴は簡潔かつ適確な記述と「私」を冷静に観察し、心理を解析していくリアリズムにある。冒頭の一文のような鋭い感性による克明な描写が本書の随所に見られ、熟読玩味に値する名作となっている。

(『和解』新潮文庫、四三〇円+税)