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ワンコインの名作 第3回

『人生論』トルストイ(8月2日付)

「人間の真の生命は、理性の法則におのれの自我を従わせることによって得られる幸福への志向である」

 トルストイは『戦争と平和』・『アンナ・カレーニナ』の二大長編を完成させた後、五十歳にして人生の転機を迎える。以降、彼はそれまでの自分の生き方や芸術を否定し、いわゆる「トルストイ主義」の実践に生きる。一方で、作家の筆は衰えることなく、論文や文学作品を書き続けた。『人生論』は、そうしたトルストイ後期の著作中、彼の思想を理解する上でもっとも重要なもののひとつである。

 トルストイは言う。大昔から、偉大な思想家たちによって真の生命や幸福の意義は明らかにされてきた。にもかかわらず、誤った学説は、生命の目的は個人の幸福にあると主張したり、人間の生命は動物的生存であると主張したりする。そうではなく、真の生命は、理性的な意識の中で啓示されるものであり、目に見えない存在の誕生に他ならない、と。

 そして、理性的な意識がめざめれば、真の幸福は、個人の幸福ではなく、すべての人の幸福を願うことによって可能なのだと理解するようになる。人間に最大の幸福をもたらすこの感情が愛であり、それは特定の対象への好みとは別のものである。愛こそが真の生命の唯一にして完全な活動だとトルストイは説く。

 さらに、生命は時間的・空間的に規定されるものではなく、世界に対する関係であり、死は消滅ではなく、新たな関係の形成であることなどが説明される。

 このように、『人生論』は、トルストイの、生命、幸福、愛などについての自説を展開したものだが、決して読みやすいとは言えない。トルストイは、本書と同時期に「イワンのばか」に代表される多くの民話を書いている。それは、トルストイの右の考え方を素朴に、そして芸術性豊かに、物語として結晶させたものであり、あわせて読むことで彼の教えについて理解が深まることだろう。

(『人生論』新潮文庫、四六〇円+税(電子版あり、他に角川文庫、岩波文庫))