堺市職労(堺市職員労働組合)ブログ

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岩手・大槌の風 第4風

東日本大震災の追憶1(6月22日付)

あの大津波が町を襲った2011年3月11日から6年余り。海岸線からかなり離れた地区でも家屋が流され、区画整理が行われています。その現場に立って、私も地元職員の方々に漠然と「ここまで津波が襲ったんですね。」という話は何度かしました。でも「○○さんやご家族は震災でどうなったんですか?」とは聞けません。なぜなら家だけでなく、家族まで失った方も大勢いるからです。

 「山田さんと同じ班のAさん、震災でご家族を失ったんですよ」。Aさんでない、別の方からその事実を聞いた時は衝撃でした。その方とは何度も一緒に被災現場に赴き、現場でも常に平静に取り組んでいる方だったから。

家族も家も失った町でどのように気持ちを整理されて、しかもその原因となった震災に関する仕事をされているのか‥。正直、身近で一緒に仕事するまで何も考えず、被災地に来てしまいました。「ここまで津波が来た」「家が次々に流された」「火事が発生し山まで焼けた」など、漠然とした事実は聞かされるものの、その方個人の震災当時の体験談は町長挨拶以外聞くことができず、2か月が過ぎようとしていました。

そんなある日、職場の方々と飲みに行く機会があり、ある地元職員の方から初めて震災当時の体験談を聞くことになりました(実際は方弁で話されました)。「当時は大槌町職員になる前で、別の仕事をやっていた。仕事中に地震が起きて、子ども達が気になったから学校に行った。その後避難したことを確認して、仕事に戻ろうかと思った。なぜなら‥」

(続く)