堺市職労(堺市職員労働組合)ブログ

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新宮視察を振り返って②

(1月21日付)

Y・N氏

 10月25~26日の2日間、和歌山県新宮市に行ってきた。新宮市和歌山県の東南端に位置し、熊野川を隔てて三重県と接した山と海に囲まれたまちである。 平成の大合併で、2005年に熊野川町と合併し、現在の新宮市となった。熊野地方には、古代、豊かな自然を背景に「自然信仰」が育まれ、中世の時代に「熊野信仰」として花開き、熊野三山には「蟻の熊野詣」と言われるほど人が集まり、日本有数の聖地となった。中でも熊野速玉大社は、熊野権現降臨の神倉山から神を遷し、現在地に新たに宮殿を造ったことから「古宮」に対して「新宮」と呼ばれるようになったとも言われ、これが市の名前の由来となっている。世界遺産熊野古道熊野川を擁し、観光客も豊富である。

 ただ、新宮市少子高齢化の問題を抱えており、中でも旧熊野川町地域では若者がどんどん市外に出て行き、集落がなくなるなど、深刻な問題を抱えている。その中で新宮市が取り組んでいる施策の研究に脚を運んだ。

 まず、最も興味深い取り組みが廃校活用である。この地域は少子高齢化の影響を受け、小学校が次々に廃校となっていった。そのため、現在は廃校の利用料(家賃)を無料にして活用していた。カフェや本屋があるのはもちろんのこと、宿泊施設がある廃校もある。私たちは1日目、廃校に宿泊したが、小学生のころに戻った気持ちで生活した。というのも各教室内はリノベーションされているが、廊下や外観はどこからどう見ても小学校なのである。また、黒板なども残されており、どこか懐かしい気分がした。

 また、このような町おこしを担当しているのが総務省補助事業である「地域おこし協力隊」である。地域おこし協力隊が市役所の庁舎内に席を用意され、積極的に町おこしに取り組んでいる様子が伺えた。

 このような活動を行っている新宮市であるが、今回の研修を通して最も強く感じたことは、“資源の再活用”である。当市や大都市圏は、いかに新しい取り組みを行うかを考えがちであり、博物館を建てたりなどして、注目を集めようとする。しかし、新宮市は今ある資源をいかに有効に使うかを考えている。この廃校も災害や大洪水に遭い、ボロボロになりながらも再度リノベーションし、活用している。廃校を運営する三枝氏も「仮に補助金が出て新しいハコモノを建てても、それは10年後も継続可能なのか。無駄にならないのか」と話すように、国から補助金が出るから事業を行うのでなく、補助金どうこうではなく、いかに継続可能な事業を行うかが大切だということが改めて認識させられた。

 なお、堺市にも少子高齢化の影響を受けており、今後廃校や空き施設などの有効活用が求められることとなるであろう。今回の研修を通して、こういった空き施設の再活用を当市でも実現し、生かしていきたいと思う。

T・K氏

 一昨年の海士町に引き続き、今回は和歌山県新宮市の視察に参加させていただきました。

 今回の視察では新宮市の中でも全体面積の約7割を占める旧熊野川町エリアに行ってきました。この地域は過疎化が進んでおり、何よりも2011年に台風12号により大きな水害を被った地域でもあります。私自身、本視察で過疎化に対する地域の思い、防災に対する取組みを学ぶことを目的として参加しました。

 最初に訪れた「BookCafeKuju」は旧小学校跡を改装した日本一僻地にある書店で、Iターンの柴田さんという方が運営しておられます。カフェと地元小麦を使ったパン屋さんが併設されており、本は京都にある書店から納品しています。並んでいる本はあまり大衆受けするものではなく、独特な切り口のものが多くありました。市街地まで車で30分もあれば行けるので敢えて普通の本屋さんには無いものを揃えているそうです。

 一昨年訪れた海士町での事業との大きな違いは、自治体や国の補助金に依存するのではなく、独自経営を行っているということでした。私は「地域おこし」という言葉から、事業をアピールし、より多くの儲けを出すことを連想していましたが、こちらは全く違ったものでした。こういう場所だからこそ「若い人の力を発揮する余地がある」という柴田さんの言葉が印象的でした。

 今回の宿泊場所でもあった「共育学者」は、こちらも旧小学校跡で主宰する三枝さんからは色々なお話を伺いました。

 三枝さんは非常に変わった経歴の持ち主で、生涯をかけて「何のために生きるのか」ということを突き詰めておられました。その結論は「ただ生きていればいい」というもので、「最低限の生活を維持するために最大限の努力をする」という言葉が印象に残っています。

 最初このお話を聞いた時、正直に言うとかなり戸惑ってしまいました。確かにスクラップ&ビルドが主流となってきている現在の世の中で、建てるのは良くても、残った物を誰が処理するのか。処理出来ずじまいになるのであれば、いっそ今ある物を維持していく事に特化していった方がよいという考え方には共感を持てました。しかし、私の考えていた世間のニーズとあまりにかけ離れている考え方である気がして、とても考えさせられました。本当はもっと深く掘り下げたお話もお聞きしたかったのですが、熊野川町の夜はとても寒く、毛布に包まり、夜遅くになるにつれて鼻水と闘うことで精一杯になっていってしまったことは、少し心残りです。

 2日目は、世界遺産熊野古道本宮大社を見学した後、新宮市熊野川行政局でお話を伺いました。こちらで話題の中心になったのは、過疎が進む旧熊野川町の活性化と、やはり大水害を経験した中での防災への取組みでした。

 過疎への取組みでは、Iターンを呼び込むための補助金制度や、空き家対策などについてです。熊野川行政局には、地域おこし協力隊(地域外の人材を派遣し、定住しながら地域活動を行うもの)の方の席があり、一緒に仕事しています。そうすることで、地元の人や行政の方の目にも届き易く、政策を行い易いと仰っていました。

 また、新宮市と合併する際に熊野川エリアの行政に配置される人員が大幅に削減(合併前50名→合併後12名)されたことで、住民サービスが大きく低下しているといった現実もあるそうです。そこで、市街地にある本庁とも活発に人材交流することで、旧熊野川町の現状をより多くの人に知ってもらい、事業を引き継いでいっているようです。

 これは防災の観点でも役に立っています。人口が少ない集落の集まりからなっているため、災害時に自力で避難することが困難な方をピックアップすることで災害時の助けとしているため、こういった地域の情報を市街地の方にも広く知っておいてもらうことで、少ない職員数でも今後もやりくりできるような仕組みが作られていました。

 これは規模が小さい自治体だからできることかもしれませんが、普段あまり関わる事のない人も地域の現状を把握しておく事で災害時の対応を早めるような対策は、災害に対する危機感をより広く、高めることができ非常に効果的だと感じました。

 今回の視察を通して、行政の役割について考えさせられる場面が多々ありました。その上で、新宮市では行政と地域の程よい距離感が保たれていると思いました。活発に行われる民間活動の受け皿がある程度用意されており、逆に行政でしかできない事は行政で対策を練る。こういった距離感は自治体や地域によって異なる筈です。

 私たちは行政職員として堺市においてどのような距離感で地域と接するべきなのか、また、その中で私たち職員はどのような形で個性をだしていけるのか。非常に難しい問いですが、そういった事を考えていくことでよりよい市民サービスが行えるのではないかと感じました。