「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし」
鴨長明は、大河ドラマの主人公・北条義時と同時代人で、平家の盛衰、源平合戦、鎌倉幕府の成立という激変期を生きた。
『方丈記』のこの有名な冒頭で、人間とその住む家を川の流れにたとえて無常だと述べているのは、長明が前半生で五つの災害を体験したことによる。すなわち、安元の大火、治承の辻風、福原遷都、養和の大飢饉、元暦の大地震である。彼は持ち前の好奇心と観察眼で災害の顛末を『方丈記』前半部に克明に描写している。この随筆が災害文学としても評価されるゆえんである。その中には、今も昔も人間は変わらないと思わせる記述がある。たとえば、元暦の大地震について記した章では、地震を経験した人は、この世はつまらないものだと話し合っていたが、年月がたつと、だれも地震のことなど口にしなくなったというくだりがある。一方で、人間の情愛についても触れていて、養和の大飢饉について記した章では、仲睦まじい夫婦は、手に入れた食物をまず相手にやってしまうため、相手を思う気持ちが深いほうが先に亡くなったとか、親子の場合は必ず先に親が死んだ、と書かれている。
長明は、神官の地位を継ぐ機会がめぐってくるも、横槍が入り果たされなかったという立身上の不運もあり、五十歳のときに出家し、大原に隠遁する。さらに、伏見の日野山の奥に方丈(三メートル四方)の草庵を編んで、自身の住居観を実践する。その閑居生活の楽しさが『方丈記』後半部の主題となっている。
(『方丈記』岩波文庫、角川文庫ほか。現代語訳は、講談社文庫、光文社古典新訳文庫など)