9月27日付
「鳥は卵から出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようとするものは、世界を破壊しなければならない」
ヘッセは第一次大戦中、様々な事情から極度のノイローゼに陥った。精神分析医の治療などを通して危機から立ち直った彼が、その成果として、一九一九年に出版した小説が『デミアン』である。
この小説には多数の象徴的モチーフがあらわれるが、作品を貫く主題は、もっとも厳しい意味での「自己実現」といってよい。それは、序文で次のように明確に示されている。「どんな人間の生活も自分自身へいたる道である」。また、「私たちは互いに理解しあえる。しかし解明できるのは自分自身だけである」。
主人公シンクレールは、十歳の頃、世界には「明るい世界」と「暗い世界」のふたつの要素があることを知る。その「暗い世界」にかかわったため、窮地に陥った彼を、謎めいた新入生デミアンが救出する。その後も、シンクレールは、明暗ふたつの世界を揺れ動きながら、折に触れてのデミアンとの対話を通して、人生は善悪を統合したものであり、人間はだれもが独立独歩しなければならないことを悟る。そして、重要となるのがデミアンの母エヴァ夫人との出会いである。シンクレールは、彼女を通して、愛の本質や自己に忠実な生き方を知る。
物語は、デミアンとシンクレールの出征をもって結末となる。戦場に倒れた主人公は、野戦病院でデミアンと再会する。それはふたりにとって最後の交流となるが、シンクレールは真の自己を発見する。デミアンとは何者か。小説はこう結ばれる。「運命の姿がまどろむ黒い鏡に身をかがめるだけで、今は、まったくその人、私の友にして導き手であるデミアンにそっくりな私自身の姿が見えてくる」。