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〈働く現場から〉崖っぷちの個人請負労働 ジャーナリスト 東海林智

1月8日付・1月15日付 連合通信記事を転載します。

  

〈働く現場から〉崖っぷちの個人請負労働・上/コロナに追い詰められて/ジャーナリスト 東海林智


 前回、風俗で働く女性のコロナ禍での厳しい現実を書いた。ほぼ、日雇い派遣のような形で働いていたが、仕事が途切れ、住居を失い、犯罪組織、風俗とボーダーラインを行くような生活をルポした。

 厳しい日々を耐えた彼女は、同じような女性の境遇をとても心配していた。「今はみんなで生き残りたい。店に来なくなった子がいると、心配でたまらない」という。犯罪に手を染めるまで追い詰められた彼女は、同じような境遇の女性が心配だったのだ。

 

●女性の自殺者が急増

 

 そんな心配を裏付けるような衝撃的な数字が発表された。10月の自殺者数だ。警察庁の速報によると、2153人で前年同期比で39・9%増加。自殺者の月2千人超えは2018年3月の2005人以来だ。

 女性は851人で、前年同期比で82・6%も増加した。心理学の専門家は「雇用情勢が悪化すると男性の自殺割合は増える傾向にある。女性の急増はどう考えたら良いのか。生活の困窮が原因だとすれば大変なことだ」と分析している。

 

●コロナ禍で生活できず

 

 つい最近も、こんな取材をした。個人請負で働く女性の話だ。彼女は東京23区の湾岸エリアに住むシングルマザーで、今年小学校に入学した女児と2人暮らしだ。個人請負で、職場などに出入りし、乳酸菌飲料の販売を行っている。コロナの緊急事態宣言で、企業への出入りができなくなると、1カ月の休業を突然言い渡された。

 会社と交渉して〃労働者〃並みの、6割の休業補償を得た。しかし、元々15万円程度の月収であり、母子手当などの手当を使い、ようやく生活が成り立つ状況。6割の補償では生活は厳しい。しかも、学校の隔日登校などの影響で仕事ができない日も増えて、あっという間に困窮した。

 東京都からの食料支援で米をもらうなど、あらゆる支援を受けたが、先の見えない日々に心が沈んだ。不安定な個人請負の仕事を辞めることも考えたが、娘が小学校の高学年ぐらいになるまでは、子どもの面倒をみることも可能なこの仕事を続けるしかない。

 緊急事態宣言後、仕事は再開したが、リモートワークの影響でオフィスに人が減り、商品が売れない。「大変だろう」といつもの商品にもう一品プラスして買ってくれるお得意さんもいる。その気持ちは涙が出るほどうれしいが、焼け石に水だ。減収は6~9万円で手取りは6~7万円程度。とても生活できない。

 

●七五三のお祝いだけど

 

「これ見て下さい」。彼女は笑顔でフォトブックをテーブルに載せた。開くと写真スタジオで撮影された、一人娘の七五三の記念写真だ。着物に千歳あめを持ってポーズ、ドレスに日傘、ロックな衣装……。かわいらしい笑顔の写真は、それだけで見る者をほほ笑ませる。だけど、母親である彼女が写っていない。なぜ一緒に撮らないのかと聞くと、「子どもはスタジオにあるいろんな衣装で写真を撮れるけど、親は自前だから。一緒に写真を撮れるような服なんてないし」と視線を落とした。

 スタジオで撮影を終えると、近くのショッピングモールに2人で行き、「七五三のお祝いだから、何でも好きなものを食べて良いよ」と子どもに言った。普段は買い物に来ても必要な物しか買わない。それが分かっているから、子どもはフードコートをうらやましそうに見るが、決して何が食べたいとかおねだりをしたことがない。彼女はそんな〃物わかりが良い〃娘をふびんに思っていた。だから、最後に好きな物を好きなだけ食べさせようと思ったのだ。(つづく)

 
〈働く現場から〉崖っぷちの個人請負労働・下/やっぱり死んではいけない/ジャーナリスト 東海林智
 個人請負の仕事をしつつ子どもを育てるシングルマザー。新型コロナウイルス感染拡大の影響で収入が激減した。先の見えない暮らしに心がすさんだ。
●好きなもの食べてね
 そんな中、今年小学校に上がった娘の七つの祝いに、フォトスタジオに写真撮影に行った。その帰り、2人は近所のショッピングモールのフードコートに立ち寄った。
「お祝いだから、何でも好きな物食べていいよ」と声をかけると。娘の目が輝いた。カツカツの生活をしていて、普段、一緒に買い物に来ても、本当に必要な物しか買わない。娘もそれが分かっているからか、おねだりをしたことはなかった。いつも、母と手をつないでニコニコしていた。
 娘は大きなフードコートを端から端まで、スキップしながら何往復もして食べたい物を〃吟味〃した。ハンバーガーにパスタ、焼きそば、フライドチキンに丼物……。ついには「決められない」と半べそになった。ようやく、天丼とうどんのセットに決めた。恥ずかしそうに母の耳元で「あのね、アイスも食べたい。だめ?」と聞いてきた。どちらか一つだけかと決めかねていたのだ。
●頑張っても先見えず
 親子の日々のつつましい生活が浮かぶ。母がうなずくと娘は母に抱きついた。「こんな風に甘えられるのも久しぶりだ」と思った。コロナを耐え、生き抜くのにきゅうきゅうとしていた自分の顔はきっと甘えたい顔ではなかったのだろう。
「コロナの食事はこうだよ」との娘の助言に従い、二人が横に並んで天丼セットを食べた。「ママ、おいしいね」。食べている間、何度も耳打ちしてきた。デザートはチョコレートパフェだ。アイスをねだったが、本当に食べたい物を母は知っていた。フードコートの620円のパフェ。娘は一口頬張ると体を震わせた。初めて食べるパフェのあまりのおいしさに、体が震えたのだ。
 帰り道もずっと、「おいしかったね」「楽しかったね」と飽きずに声をかけてきた。満足そうな寝顔の娘と並んで布団に入ったが、寝付けなかった。フォトスタジオにフードコート、この日使ったお金は3万8千円。大金だ。けれど、関係ない。死のうと思っていたからだ。悩んでいたのは、娘を一緒に連れて行くか、自分だけ死ぬかだ。
 頑張ってきた。けれど、本当に先が見えない。コロナ対策だとして会社は現金決済から、電子決済にするという。だが、そのシステム導入費用は個人負担だ。その上、電子決済だと手数料を取られ、取り分が減る。子どものために頑張ろうとギリギリ保ってきた心が悲鳴を上げていた。
●娘と生き抜こう
 どう死ぬかを考え続けるうち、フォトブックができてきた。照れながらも歓声を上げる娘を見た。どれもかわいい。届いた包みの中に、娘の写真のキーホルダーが一つあった。それはとびきりかわいいドレス姿の娘。娘が欲しいというので800円で作った。けれど、娘はそれを母に渡した。「いつもお仕事大変そうだから。お守り。いつも一緒だよ」
「娘は何か感じていたのですかねぇ」。そう話すと、しばし泣き続けた。この世から離れようとする自分を娘は引き留めてくれた。何があっても娘と生き抜くことを決意した。「パフェを食べて体を震わせる娘を連れていけないですよね。何も楽しいことを経験していない。娘も私も……死んでたまるかって」。
 個人請負を偽装された労働がいかに罪深いかを考えている。絶望の淵にいるのはこの母親だけではないからだ。